アニメ制作会社を描いたアニメ「SHIROBAKO」を見たのだが、これが抜群に面白かった。
一見美少女アニメのようだが、描かれる現場の様子はリアル。
そしてこの作品にとても共感できたのは、大学病院の研修医生活を思い出したからである。
今回はSHIROBAKOの紹介と感想。
絵を描かないアニメスタッフ
主人公・宮森あおいが担当しているのは「制作進行」という仕事。
テレビアニメーションのメインスタッフは絵を描く「アニメーター」だが、制作工程は細分化されている。
そのため関わるスタッフは100人以上になるのだという。
そこでスタッフ間の調整や作業の管理を行う人間が「制作進行」である。
つまり制作進行とは絵を描かないアニメスタッフ。
入社したばかりの新人がこの役職に就くことが多いそうだ。
主な仕事の内容は素材の回収やスタッフのスケジュール管理。
そして何か問題が起こった場合は、各スタッフへ連絡を入れて頭を下げて回るのも業務の一つ。
自分に裁量権がなく相手に合わせる仕事なので振り回されがちである。
「なんか振り回されてばっかりなんだよね、制作進行って」
この仕事、何かに似ていないだろうか。
そう大学病院の研修医である。
アニメの制作進行と大学研修医
大学病院の医師の仕事は細分化されている。
- 外来で患者を診る医師
- 検査・治療(カテーテルなど)を行う医師
- 入院患者の治療方針を決める医師
- 入院患者の担当医師
これらはすべて別々の人間。
そこでスタッフ間の調整や作業の管理を行う人間が研修医である。
研修医が一人で治療方針の決定や医療行為を行うことはできず、色々な人から指示をもらう必要がある。
さらにもらった指示をもとに、検査、治療のスケジュールを組み、各セクションに連絡を入れる。
薬剤の変更を指示された場合、それを看護師に確実に伝える。
検査を指示されたときはオーダーを入れ、各部署に連絡をする。
退院が近づけば、外来主治医に退院後の受診日を決めてもらい、患者と看護師に伝える。
自分に裁量権がなく相手に合わせる仕事なので振り回されがちである。
「なんか振り回されてばっかりなんだよね、研修医って」
SHIROBAKOを見ていると、「絵を描かないアニメスタッフ」と「治療方針を決められない医者」の姿がオーバーラップする。
その意味でこのアニメは研修医の仕事を学べる良い教材である。
ここからはSHIROBAKOの中から印象に残ったいくつかの場面を紹介する。
①多くの会議
作中、何度も登場する会議シーン。
アニメの制作工程は細分化されているので、各スタッフ間の意思統一のために頻回の会議が必要不可欠なのだ。
これらに出席するのも制作進行の役割。
そして会議のための資料づくりも重要な仕事である。
これは大学病院でも同じである。
各スタッフ間の意思統一のために、週に何回もカンファランスが行われる(科によっては週5回以上)。
これらに出席するのも研修医の役割。
カンファのための資料づくりも研修医の重要な仕事である。
②突然の方針変更
第2話、監督から突然の方針変更が告げられる。
それまで順調に進んでいた工程がすべてストップし、現場は混乱に陥ってしまう。
研修医のときは同じような状況に出くわすことも多かった。
突然の教授の介入で現場が混乱。
そんな状況は珍しくない。
教授回診のときの思いつきの指示でどれだけ苦労させられたか…。
(入院患者にどれくらい教授が関わってくるのかは科によって異なるが)
③連絡がつかない人たち
第3話、素材を至急回収しなければならなくなった宮森。
ところがアニメーターに連絡がつかない。
そんな危機的状況に焦る宮森。
研修医のときは同じような状況に出くわすことも多かった。
研修医は指導医から指示をもらわなければ何もすることができない。
ところがその指導医に連絡をとるのが容易ではないのである。
午前中は外来、午後から外勤
1日中検査
など指導医が病棟に姿を見せることはほとんどない。
指導医のタイムテーブルを把握し、わずかなチャンスを見逃さずに指示をもらうこと。
それが研修医にとって最も重要なスキルであった。
④袋を持って駆け回る
アニメ現場は電子化が進んでいるが、最初の原画は紙に書かれているようだ。
(色を塗る時に原画をパソコンに取り込む)
原画はカットごとにまとめられ、カット袋と呼ばれる紙袋に入れられる。
そして宮森はこのカット袋を持って色々な部署を駆け回っている。
この光景を見ると昔を思い出す。
今はカルテもレントゲン画像も電子化されているが、昔は紙カルテとフィルムだった。
これらはレントゲンの画像袋にまとめて入れられている。
カンファのときには、これらの資料が必須である。
しかし患者を他科に紹介するときや、放射線科に画像の読影を依頼する時は、この袋が紹介先へ運ばれてしまう。
そのためカンファ直前に袋がないことに気づく…という状況は稀ではなく、袋の回収のために院内を駆け回っていた。
(カンファのときに「他科紹介で資料がありません」…とか言ったら、めちゃくちゃ怒られる)
⑤闇落ち
第17話。
ギリギリのスケジュールで制作が進む中、アニメのプロモーションビデオ(PV)作成の依頼が舞い込む。
このPVをめぐり、宮森と同僚の制作進行・平岡の方針が対立する。
無理をしてでも可能な限りクオリティを上げようとする宮森。
一方、質は低くても妥協して作品を完成させればいいという平岡。可能な限り手を抜いてスケジュールを維持しようとする。
そんな平岡にもかつては情熱をもって仕事をしていた時代があった。
しかし理不尽なクレームや上司からのパワハラによって情熱は失われ、雑に仕事をこなすだけになったのだった。
平岡と同じように、自分にもかつては医療に対して熱意や情熱をもっていた時代があった。
しかし現場は理不尽なクレームやスタッフ間の軋轢、非効率的なシステムなどであふれていた。そして徐々に情熱は失われ、淡々と診療をこなすだけになったのだった。
まとめ
ちまたでは、臨床研修は大学病院より市中病院で行ったほうがいいと言われている。
大学は雑用が多く、プライマリケアを勉強できる機会が少ないからである。
これはまさにその通り。
スタッフ間の調整スキルを学んだところで、医者としての能力は上がらないだろう。
しかし完全に無駄だったとは言えない側面もあるような気がする。
「機動戦士ガンダム」の富野由悠季監督は制作進行出身である。
ガンダムでは中間管理職的なキャラクターがリアルに描かれ、作品の深みにつながっている。
そう考えると、調整の仕事も人生経験としては悪くはなかったんじゃないか。
サンクコストバイアスなのかもしれないが…。
そして「SHIROBAKO」で描かれたような下っ端の時期が過ぎ去り、管理職の立場になると別の苦労が襲い掛かってくる。
次回は「機動戦士ガンダム」から管理職について考えてみたい。
「ブライト艦長の視点で見る機動戦士ガンダム」へつづく
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