進撃の巨人にお気に入りのキャラクターはいるだろうか。
自分が好きなのは調査兵団の団長エルヴィン・スミスである。
このキャラは自ら戦う場面は少なく、主人公エレンとの絡みがほとんどないことから、連載で読んでいたときは特に印象に残らなかった。
しかし最近読み直すと、リーダーという存在を考える上で興味深いキャラクターだったのである。
これは自分が管理職の立場を経験したからだと思う。
下っ端のときはわからなかったエルヴィンの考えや立場が理解でき、感情移入することができたのだ。
ということで今回はエルヴィン団長についてまとめてみる。
▼前回はブライト艦長からリーダーシップを考えました▼
判断力と決断力
27話:エルヴィン・スミス(7巻)より
エルヴィンの人間性が最初にわかるのは第57回壁外調査のエピソード。
表向きはウォールマリア奪還作戦の予行演習だったが、彼はその裏で別の作戦を想定していた。
それは調査兵団の中に潜むスパイを見つけ出すこと。
しかしその作戦は上層部にも秘密にされており、その結果多くの兵士が命を落とす。
この戦略を知っていれば助かった命も数多くあったはずである。
ジャンは「もっと多くの兵に作戦を教えていれば、死なずに済んだ兵士もいたのでは」とエルヴィンの判断を非難する。
しかしそれに対してアルミンこう説明をする。
結果論で非難するのは簡単だ、と。
しかしリーダーは十分な情報がない状態で選択を迫られる。
そんな中で下した非情な決断にどれだけの重みがあるのか。
リーダーは判断や決断の連続である。
その意思決定に全員が納得するわけではなく、結果論で責められることも多い。
自分はいつも迷ってしまって決断が遅いし、非難されることが怖くて判断ができないこともある。
そんな意思決定の重みがしっかりと描かれたエピソードである。
統率をとる
74話:作戦成功条件(18巻)より
リーダーの最も重要な役割はメンバーの統率をとることである。
明確な言葉と態度で団員を鼓舞し、士気を高めるエルヴィンの姿は度々描かれている。
連載当時は別に気にしていなかったのだが、この「統率をとる」というのはとても大変なことである。
自分が下っ端だったころはボスの求心力のなさを非難したりもしたが、リーダーの立場になってみるとその難しさがよくわかる。
それが象徴されているエピソードがウォール・マリア奪還作戦である。
アルミンはエルヴィンから作戦の指揮を任される。
数々の的確な判断で調査兵団を救ってきたアルミン。しかし「次の指示を!」と詰め寄る兵士達に大きなプレッシャーを感じてしまう。
そして的確な指示を出したアルミンだったが、その自信のない態度から兵士達の統率を取ることできない。
それを聞いたエルヴィンが一喝。
ようやく団員が一丸となり、壁に潜む敵を発見することができたのである。
正しい判断ができてもそれで部下が動いてくれるとは限らない。リーダーは立ち振る舞いも重要なのだ。
リーダーシップがイマイチな自分は、アルミンの姿に共感してしまう部分が多い。
士気を高めるビジョン
76話:雷槍(19巻)より
リーダーはメンバーの士気を高めるために本音と建前を使いわける必要がある。
ウォール・マリア奪還作戦の最中、作中で初めてエルヴィンの葛藤が描かれる。
エルヴィンの夢は「世界の真相を知る」こと。
人類のためという利他的な動機ではなく、知的好奇心という利己的な動機であった。
あるとき彼は気づく。自分以外の兵士達は純粋に人類の為に全てを捧げ戦っている。
しかし自分だけが個人的な目的のために戦っているのだと。
そこで彼は他の兵士達と同じく「人類の為に」という目的を掲げ、「人類の為に心臓を捧げよ」と仲間を騙し団長まで上り詰めた。
しかしエルヴィンはその葛藤に苦しめられている。
このようなジレンマは経営の世界にもあるのではないだろうか。
経営の本を読んでいると、必ずといっていいほどビジョンの重要性が書かれている。
その理由は「従業員に進んで働いてもらい、会社の利益に貢献させるため」。
しかしビジョンが「会社の利益」では誰もついてこないので、「社会貢献」などのキレイゴトで包む必要がある。
そんなダブルスタンダードな胡散臭さがある。
ところが世の中には、胡散臭さに無自覚で、臆面もなくビジョンが大事なんていってしまう人が多いのには辟易してしまう。
そんな中、嘘のビジョンに葛藤するエルヴィンの姿には誠実さを感じるのである。
夢と責任の狭間
80話:名もなき兵士(20巻)より
ここまでの流れがあっての80話は、進撃の巨人の中でNo.1のエピソードだと思う。
獣の巨人と超大型巨人に追い詰められる調査兵団。
敗北を悟ったリヴァイは、誰一人生きて帰れないことを覚悟する。
そんな絶体絶命の状況のなか、エルヴィンには勝利のための秘策があった。
それは自分が捨て身で囮となり、リヴァイに全てを託し獣の巨人を打ち倒すこと。
しかし彼が反撃作戦を指示しないのはなぜか。
それは自分が死にたくないからだった。
人類全体のことなど知った事か、どうせ死ぬなら全ての責任を放棄して地下室に行き、その答えを知ってから死にたい。
だが夢と責任の狭間の葛藤、そして「人類の為に」と騙してきた仲間たちへの罪悪感から身動きがとれないエルヴィン。
そんな彼に、戦友としてリヴァイは救いの声をかける。
「夢を諦めて死んでくれ、獣の巨人は俺が仕留める」と。
その言葉を待っていたかのように、エルヴィンはゆっくり顔を上げて微笑む。
顔からは迷いが消え、団長としての責任を全うすることに決めたのである。
鬼気迫る顔で魂を振り絞った大演説をぶつエルヴィン。
こんな演説は、兵士たちを奮い立たせ都合よく使い捨てるための欺瞞。
つまり体のいい方便にすぎない。
だがそう頭で理解していても、どうして彼らの覚悟と死に様は心を打ち鳴らす。
(しかし玉砕を美化しているだけではなく、2部では批判的に描かれている>>マーレ編の解説)
まとめ
今回はエルヴィンのエピソードからリーダーシップについて考えてみた。
自分の立場が下っ端のときは特に印象には残らなかったのだが、今になって読み直すと色々と考えさせられる点が多い。
執筆家の湯山玲子氏は、「自分の人生とシンクロしたときに初めて作品が読めたことになる」と述べている。
ある種の小説は、大人の複雑な人間関係がわからなければ、まず本当に理解することはできません。
自分の人生とシンクロしたときに、本当に作品を読めたことになるのです。
いろいろな作品を本当に理解するためには経験が必要なのである。
管理職なんて給料は増えないのに責任だけ増える損な立場である。
管理職になんかなりたくないという人が多いのは当然のこと。
しかし色々な物語を「読める」ようになったことはプラスなのかもしれない。
次回は進撃の巨人のベストシーン5選を紹介する予定。
▼進撃の巨人の元ネタになった「マブラヴ」の感想▼
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