20代で得た知見という本を読んだ。
本の内容自体はイマイチなのだが、このコンセプトは面白い。
「20代に得た知見」にインスパイアされて、今回は「30代で得た知見」をまとめてみたい。
- キャリア
- 根拠のない自信が打ち砕かれて成長する
- ブラック労働は肯定したくないけど役に立っている
- 研究をやる一番のメリットはアカデミアに対するコンプレックスがなくなること
- 仕事でもっとも大切なのはオヤジ転がしのスキル
- がむしゃらな努力は上司へのパフォーマンスとしてやる価値がある
- 自分のキャリアプランを他人に委ねたら失敗する
- 成長の実感は30代で頭打ちになる
- 他人から与えられる「やりがい」は搾取かもしれない
- どの資格を取るかよりどの資格を取らないかが大事
- 無能を揶揄していたら自分も無能な老害になっていた
- 中年になるとブライト艦長に感情移入できる
- 「成功には人格が重要」という言葉は後進を潰すための欺瞞かもしれない
- 意味のある意思決定とは、必ず何かを捨てることを伴う
- 医療
キャリア
根拠のない自信が打ち砕かれて成長する
若い頃は誰しもイキってしまう時期が存在するわけで。
それが砕かれたときに成長したと感じられる。
ブラック労働は肯定したくないけど役に立っている
不可抗力的に負荷をかけられることは、その後の人生に役に立つ場合がある。
もう二度とやりたくはないけど。
研究をやる一番のメリットはアカデミアに対するコンプレックスがなくなること
研究をやった一番のメリットは、自分の底が知れたということ。
30代のうちに「自分は本当は有能」みたいな勘違いを解いて、自分の能力を見切っておくのは大切だと思う。
仕事でもっとも大切なのはオヤジ転がしのスキル
若い時だけかと思ってたけど、どこまでいってもオヤジ転がしのスキルは大切だった。
これを鍛えるのを怠ったために、自分はキャリアが閉じてしまった感がある。
がむしゃらな努力は上司へのパフォーマンスとしてやる価値がある
からがむしゃらな努力は嫌いだったけど、オヤジ転がしのテクニックとしては重要だったんだと気づいた。
要するに見せるための努力。
変な意地をはらずに、とりあえずやっておいたほうがいい。
自分のキャリアプランを他人に委ねたら失敗する
他人に依存したキャリアプランを立てて失敗したという話。
キャリアプランの中に他者という不確定要素を入れたらいけませんね。
(専業主婦とか他人に依存しすぎで怖すぎる気がする)
成長の実感は30代で頭打ちになる
30代中盤から成長の実感が得られなくなって停滞感に苦しんだ。
これは誰もが通る道らしい。
他人から与えられる「やりがい」は搾取かもしれない
停滞感を感じたとき、お手軽なやりがいに飛びつきたくなるんだけど、その前にちょっと考えたほうがいい。
必要なのはやりがいじゃなくて自己分析なのかもしれない。
どの資格を取るかよりどの資格を取らないかが大事
目の前の課題がなくなったとき、とりあえず身近な目標として資格を取得してしまいがち。
でももっとよく考えたほうがいいかも。
大局的にものごとを見ると、大切なものは別にある。
無能を揶揄していたら自分も無能な老害になっていた
若い頃は無能な上司を批判していたが、いつのまにか自分も無能な上司になっていたという話。
30代のうちに気付けたのは良かったと思う。
みなさんの周りには無能なくせに上司批判ばかりしている中年はいませんか?
中年になるとブライト艦長に感情移入できる
昔は嫌な上司の見本のように感じていたブライトが、今は共感できるキャラクターになっていた。
上司の立場を経験すると感性が変わるらしい(良い意味でも悪い意味でも)。
「成功には人格が重要」という言葉は後進を潰すための欺瞞かもしれない
世の中はポジショントークがあふれているわけで。
それを真に受けたら失敗するよという話。
意味のある意思決定とは、必ず何かを捨てることを伴う
大学入学以降、レールの上を歩いてきただけで、自分では何も決めていない。
意味のある意思決定とは、必ず何かを捨てることを伴う。
恐怖は大きかったが、意味のある決断だったと思う。
医療
代替案を出せるのが本当のプロ
プロとアマの一番の違いは手数の差。
第一選択を出すことは研修医でもできるが、第二、第三と代替案を出すことができるのがプロである。
様々なシチュエーションを経験して、多くの治療の引き出しを持っておくようにしたい。
何もしない(経過観察)のも一つのスキル
診療をしていると「待つ」しかない状況がある。
しかし何もしていないと、不安になるし周りの目も気になる。
余裕を持って「待つ」ためには、相応の経験や自信が必要である。
わからないと言えるのは有能の証
臨床をしていると、どうしてもわからないことがある。
しかし「わからない」と言うためには十分な知識をもっていなければならない。
自分の知識に自信があるからこそ、にこやかに「わかりません」と言えるのである。
「先生に出会えてよかった」と過度に持ち上げてくる患者には注意すべし
ときどき患者から過度に感謝をされることがある。
「今までかかっていた医者は酷かった。先生に出会えてよかった」、と。
しかしここで「オレは患者の心をつかむのがうまい」と自惚れてしまうと、とんでもないしっぺ返しを食らうことになる。
未熟イキった医者のプライドを紹介状でくすぐれ
「どうしてもなおせなくてこまっています。どうかおねがいします。」みたいな紹介状。
こちらの自尊心を微妙にくすぐる巧みさがある。
馬鹿のフリをしているが確信犯。こういう老獪さを身につけたいものである。
客を選べない仕事は不人気になりつつある
最近、客を選べない仕事が不人気になってきているという。
変な客の多い職場では働きたくない、と。
我々の職業は客を選べない仕事の最たるもの。
ずっと外来を続けていく道は考え直したほうがいいのかもしれない。
赤字対策としての過剰医療
今後の高齢化する日本の医療に必要なことは「医療費をいかに減らすか」。
医療費を削減するためには、病院の規模を縮小して医師中心のキュアよりもケアの比重を高めることがカギになる。
しかし公立病院の経営陣から指示されるのは、軽症患者の積極的受け入れなど過剰医療の追求である。
このジレンマを解決する方法はあるのか…と高齢化の最前線で考えている。
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