研修医になったばかりの頃、臨床現場の理想と現実、本音と建前のギャップに苦しんだ。
学生の時に勉強することと、実際の医療で必要とされることはまったく異なっている。
「患者さんのために」とか「患者さんの話をよく聞きましょう」とか大学で習ったことはまったく役に立たず、現場は理不尽なクレームやスタッフ間の軋轢、非効率的なシステムなどに溢れていた。
理想や建前を盲目的に信じる甘っちょろいガキだった自分に、現実が叩きつけられたわけである。
そんなときに出会ったのが内科医medtoolz先生が書かれていた「レジデント初期研修用資料」というブログだった。
レジデント初期研修用資料とは
ブログには「きれいごと」は無しにリアルな臨床現場のことが書かれていて、当時の自分にとって非常に参考になった。
medtoolz先生から学んだことが今の自分の診療のベースになっている。
残念ながらブログは閉鎖されてしまっているが、一部の記事だけは読むことができる。
また「レジデント初期研修用資料」が自分がブログを始めたきっかけの一つでもある。
ブログの一部が書籍にもなっていて当然両方とも購入。
今回はこれまでのmedtoolz先生について書いた記事を項目別にまとめてみた。
- 地域医療
- 診察法
- 診断
- 治療
- 研修医
- その他
1. 地域医療
総合診療科は勧められるか?
研修医のとき、総合診療とかプライマリケアとか「何でも診られる」ということに憧れていた時期があった。
しかし地域医療研修で田舎の病院に行ったときに、現実は若干異なっていることに気づいた。
下手に「何でも診れます」などと宣言しようものなら、いろんな病院から紹介されるのは、食事の取れなくなった高齢の寝たきり患者、行き場の無い褥瘡+発熱の患者などなど。
もう一般内科をやる時代ではないのかもしれない。
詳細はこちら>>【診療科の選び方】総合診療科について皮膚科医が思うこと
地域医療を支える不純な動機
医療者は人格的に優れていなければならない。
世の中にはそんな考えが浸透している。
しかし動機が不純なほど力を発揮できるのというのが現実である。
「待遇」や「やりがい」のような明るい報酬をどれだけ増やしても、根暗な報酬がない場所からは人は離れてしまう。
自尊心という根暗な報酬は、「誰かに頭を下げられる」ことから発生する。誰かに「お願いです」と乞われるかぎり、その人は仕事が続く。
細い声で「お願いします」なんて頼んでいた電話依頼は、「ご苦労さん。また一つ頼むよ」なんて、元気で張りのある声に変わった。同じ頃からたぶん、公立の基幹病院からは、勤務希望の声も減っていったのだと思う。
詳細はこちら>>負のモチベーションも大切にしよう
紹介状の書き方
病院の近くに評判の良いクリニックがある。
しかしその実態は「すぐに紹介状を書くクリニック」。
開業するならば「うまく患者を紹介する能力」も大事なんだと感じる。
エビデンスに基づいて知力を全開にした主治医の紹介状は、案外専門科には通らない。勉強なんてそっちのけの狸親父っぽい誰かの紹介状は貫通力が恐ろしく高かったりもする。
詳細はこちら>>良い紹介と悪い紹介から、紹介状の書き方を考える
2. 診察法
待ち時間を減らす診察法
流行っているクリニックにバイトに行くと半日で100人以上の患者を診察しなければならないことがある。
診察時間を短縮するには、目の前の患者のニーズを把握することが重要だという。
患者さんは「こうしてほしい」イメージを持ってくる。病院に来る患者さんは3種類。
- 何か薬がほしい人検査をしてほしい人
- 検査をしてほしい人
- 話を聞いてほしい人
詳細はこちら>>皮膚科医の待ち時間対策【外来の待ち時間を減らす診察法】
3. 診断
患者の話をよく聞いて丁寧に診察してもわからない時
臨床をしていると診断がつかないということは多々ある。そんなときよく言われるのが、「丁寧に診察し直せば診断が分かる」ということ。
しかし話をよく聞いて、診察し直しても分からなかったときにどうすればよいかは誰も教えてくれない。
たとえばある症状に対して原因が突き止められなかったとき、次にどうすればいいのか、教科書にはしばしば、それが書かれていません。
詳細はこちら>>「患者の話をよく聞けば診断がわかる」わけではないという話
どうやって診断力を上げるか?
診断力を磨くために大事なのは、一つの疾患を数多く経験して自分の中に「疾患の正常像」を作ること。
独立して一般内科などをやるようになると、一番大切になってくるのが「正常ってなんだっけ?」という感覚。
最初にやらなくちゃならないのが、自分の頭の中に「正常値」を作ること。
詳細はこちら>>診断力を強化するためにどうしたらよいか?【3つの方法】
誤診してしまったとき
柔道では最初に習うのが受け身の取り方。スキーでは転び方。
しかし医療では正しい転び方は習わない。
誤診したときに、どうリカバーするかも医師の大切な能力だと思う。
もしも身体所見をとったときに特定の所見を見落としていたら、その患者さんの症状はどうなっていたのか。
見逃して患者さんの具合が悪くなったとして、どういうことを行えば、そこから再び、患者さんを治癒の流れに乗せられるのか。
詳細はこちら>>皮膚科医が誤診について考えてみた【誤診率・誤診を避ける方法】
レアケースを診断するために必要なこと
みたこともないような病気を疑うには「症例報告」をたくさん読んでおくことが大事である。
臨床現場では、major paperよりもcase report・症例報告のほうが役に立つということが多々ある。
こんなにすごい症例を治した、こんなに困難な場面をこうやって切り抜けたといった体験談は、それだけで最高に面白い物語であり、また後々役に立つ知識として自分に残る。
なのに、それが抽象化された知識の羅列になったとたんにつまらなくなり、同時に臨床の現場で何の役にも立たない知識になってしまう。
詳細はこちら>>皮膚科の面白さはレアモノ探し
診断推論の落とし穴
診断推論とは、「診断に至るまでの思考プロセス」を体系化したもの。
それまでブラックボックスになっていた診断の思考プロセスを体系化する試みが始まったのは10年ほど前。
そこから様々な診断理論が構築され、診断推論は一大ブームになった。
診断推論はカードゲームにたとえられることがある。しかし実際の臨床には時間の概念があり、止まった瞬間から不利になる。
最近読んだ診断学の教科書は、診療という行為を「カードゲーム」に例えていた。
そこに記述されていることは、たしかに正論ではあるのだけれど、全く共感出来なかった。診療という行為を、自分はむしろ、「鬼ごっこ」だと考えているから。
詳細はこちら>>「病名がなくてもできること」から診断推論について考えた
4. 治療
「経過観察」は難しい
診療をしていると「経過観察」を行わないといけない状況が生じる。
しかしただ「待つ」ということは意外と難しい。
外傷治療の急性期には、輸液を入れて、落ち着くまで「待つ」時間が発生することがある。
「待つ」ことには意味があるのだけれど、外からだと状況は止まっているように見えてしまう。「待ち」を入れるやりかたは相当な精神力が必要になることがわかる。
詳細はこちら>>経過観察は奥が深くて難しいという話
AI時代に必要な診療スキル
最近AIの進歩によって人間の仕事が奪われることが心配されていて、医者も例外ではない。
AIに代替されないためには「手数を増やすこと」と「イメージを描く」ことが大事だと思う。
若い人は要求が厳しい。お願いした患者さんは97歳だけど、適当にやっているのがばれて、処方を全部変えられたりする。
ベテランの先生がたは「いいんじゃないですか?」なんて、ちょっとだけ専門知を付け加えて、正しいやりかたに直してくれる。
詳細はこちら>>AIに代替されないための医師の働き方を考える
治療の原則「戦力の逐次投入を避ける」
戦争において「戦力の逐次投入は愚策である」という格言がある。これは医療の世界でも当てはまることだ。
「この人は軽そうだから、点滴だけで、ちょっと治そう」なんて判断して、そういう患者さんが想定どおりに行かないとき。
なまじ「ちょっと」という思いがあるから、全ての対応が後手に回りがちで、泥沼にはまって失敗する。
詳細はこちら>>皮膚科医のステロイドの使い方 「戦力の逐次投入は愚策である」
ガイドラインの賢い使いかた
現在、たくさんの診療ガイドラインが次々にリリースされている。
ガイドラインで診療が画一化され、「医者はバカになった」という老害的な意見も多い。
しかし一流の臨床医は、ガイドラインを応用して使うという発想を持っている。
肺炎治療のガイドラインに出てくる抗生物質の使いかた、第3世代セフェムにキノロンをかぶせるやりかたをした時点で、あらゆる菌は死ぬ。
とりあえず肺炎と「誤診」しておくと、あらゆる細菌を殺せるような抗生物質が「正しく」利用できるようになる。
詳細はこちら>>ガイドラインの賢い使いかた
自分の診療を言語化する
我々は経験を通して学んだ「経験知」を持っている。
この経験値を言語化することは診療能力を上げるための近道である。
経験知は、教科書や授業を通じて得ることが出来る記述可能な知識とは異なっている。
経験知は、それを得た人の体験と密接に結びついている。経験を通して得た知識は、「なぜそうなったのか」の知識化を経ないで経験者の頭に蓄積されている。
ただし言語化には注意が必要で、その過程で直感が失われ診療がヘタになってしまう可能性がある。
詳細はこちら>>「THE FIRST SLAM DUNK」から学ぶ「言語化」で失われるもの
外来患者の引き継ぎで気をつけること
外来を引き継いだ患者が、「大して効果が期待できない薬を大量に内服している」ということは稀ではない。
そんなとき、前医はエビデンスも理解できていない無能なやつだ、と薬を全部中止したくなる。
しかし効果がないような薬にも、何かしらの意味が存在しているのである。
処方が決まるまでの間には、患者さんの要求、病院の事情、実際に処方してみて生じた不具合、患者さん自身がその薬に対して持っていた情報や先入観といった、さまざまな事情が横たわっている。
患者を引き継いだら、とりあえず1周目は処方を変えないのがポイントである。
詳細はこちら>>外来患者の引継ぎとチェスタトンのフェンス
5. 研修医
研修医に必要な能力
十数年前、国家試験に合格したくさんの医学知識を携えて始まった研修医生活。
しかしそこでは医学知識なんてまったく役に立たず、必要とされなかった。
もっとも重要なのは「指導医に気に入られるスキル」だった。
優秀な奴でも些細なことで潰される。潰されない研修医とは、すなわち上級生にとって「かわいい」研修医だ。
優秀な研修医、熱心な研修医というのは、かわいく振舞った奴に与えられる上級生の評価である。
詳細はこちら>>医者に必要なのはジジ殺しのスキルである
ブラック労働の功と罪
自分もかつては、ご多分に漏れずブラック労働の一端を味わったこともある。
待っているのは大量の受け持ち患者。真面目にやってたら仕事が終わるのは深夜2時。
でもそこで身につけた仕事術は今も役に立っている。
ブラック労働を肯定する気はまったくないが、処理できない仕事量を与えられることで不可抗力的に効率が上がることは確かである。
ルールを理解するということは、どこまで手を抜いてもいいのか、 限られた自分のリソースをどこに投入するのが戦略的に正しいのかを理解するということだ。
研修医は、最初に無茶な要求をされて、手の抜きかたを体で覚えさせられた。
詳細はこちら>>若手医師のブラック労働の功と罪
研修病院とカルトの共通点
さまざまな場面でカルトまがいの手法が実践されている。
これは初期臨床研修にも通じるところがあるそうだ。
6年かけて学んできたことが何の役にも立たないことに対するショック。
これはカルトの研修でプライドと自我を打ち砕かる過程とそっくりである。
さらに寝る暇もない過酷な生活によって脳の中が空白になり、洗脳を受け入れやすい精神状態も出来あがっている。
・病棟デビュー直後、まったく患者の役に立たない自分にショックを受ける
・患者が亡くなったり、心肺蘇生に参加させてもらえたりする体験は強く感情を揺さぶられる
・1年上の上級生が末梢点滴を簡単に入れるのも、新入生から見れば立派な”奇跡体験”である
詳細はこちら>>カルトの手口と臨床研修について
6. その他
頑張れば報われるのか?
「頑張ったから成功したんだ」という人の言葉は真に受けていいのだろうか。
団塊の世代は「頑張れば報われる」と教わって、本当にそのまま頑張ったら、どういうわけか報われた世代である。
彼らの言葉は慎重に聞いた方がいい。
偉くなるために、年寄りの尻を舐めるのは大いに結構。
ただしあくまでもアピールであることを忘れてはならない。
万が一「じじいの肛門を吸引すると元気が出るぞ」なんて勘違いをしてしまうと、病気になって倒れてしまう。
「俺は偉くなるために年寄りの尻舐めたんだ」って威張るのは、むしろ大いに「あり」だと思うし、そういうことを包み隠さず話してくれる人の言葉はとても大切なんだけれど、「じじいの肛門を吸引すると元気が出るぞ」って後輩に教えたところで、それを実践した下級生は、たぶんみんな病気になって倒れてしまう。
詳細はこちら>>頑張れば報われるのでしょうか?
コンビニエンスクリニックの光と影
最近アメリカではリテールクリニックという簡易クリニックが増えているという。
診療主体は医師ではなくナースプラクティショナー(上級看護師)やフィジシャンアシスタント。彼らがマニュアルに従って検査・診療・処方を行い、予防接種や健診なども提供する。
10年ほど前にmedtoolz先生もこの状況を予見されている。
リスクの低い患者さんは、チャートに従って投薬。危なそうな人は、その時点で病院へ。
免許持ってるだけで食べられた時代は終わり。風邪薬だけ出して、笑顔振りまいていればお金になった時代は終わり。
詳細はこちら>>コンビニとアマゾンから学ぶクリニック開業
まとめ
medtoolz先生のブログから学んだことの一部をまとめてみた。
今後も少しずつ記事にしていきたいと思う。
▼影響を受けたもう一人の先生▼
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