以前初心者のために皮膚科診断学の記事を書いた。
今回はさらに進んだ中級者向けの皮膚科診断の話。
内科診断学には診断推論という考え方が存在する。
診断推論とは、患者の訴えを聞いたあと鑑別診断を始めるまでの間に存在する思考プロセスである。
初心者が鑑別診断を考えられないのは、ここがブラックボックスになっているため。
それを解説したのが「誰も教えてくれなかった診断学」という教科書である。
この本を初めて読んだときは衝撃を受けた。
それまで読んだ診断学の教科書は、鑑別診断が並んでいるだけで思考プロセスの説明がなかったからだ。
内科の診断推論を皮膚科診断にも応用できないだろうか。
そう考えて他の診断推論の教科書をいくつか読んでみたが、皮膚科について納得いく記載はなかった。
「皮膚科の診断はパターン認識です」なんて書かれていて、それはないやろ…と。無意識の思考パターンがあるはずである。
そこで今回は、自分が考える皮膚科の診断推論について書いてみる。
内科診断推論とは
まずは内科診断推論について解説する。
診断推論のファーストステップは「患者の言葉の医学情報化」。
例えば「胸が痛い」という患者。「胸痛」とすると膨大な疾患が鑑別診断に挙がってくる。
そこで「20代男性の胸膜性の疼痛」とすると鑑別診断が絞り込まれる。
20代男性の胸膜性の疼痛
気胸、肺炎、GERD、胸壁由来の疼痛(肋間神経痛)
胸痛(膨大な鑑別疾患)
↓
20代男性の胸膜性の疼痛(絞り込まれた鑑別疾患)
患者の訴えや異常所見を医学用語に置き換え、鑑別診断リストを絞り込む。
これが患者の言葉の医学情報化である。
教科書ではこれを「カードを引く」と表現している。
鑑別診断リスト(カード)をいくつも準備しておき、患者の訴えと症状から適切なリストを選択する(カードを引く)のが臨床診断のプロセスである。
診断推論の能力向上のためには、カードの種類を様々な切り口で増やすことが必要になる。
例えば下痢であれば、海外旅行帰国者の急性下痢症、入院患者の急性下痢症、血便を伴う急性下痢症など。
カードゲームに例えると、「強いカードを集めて最強のデッキを構築する」というイメージになるだろうか。
カードの強さの基準は、鑑別診断の種類が絞り込まれているか。
「胸痛」のような膨大な鑑別診断が挙がるものは弱いカードで、デュエルでは役に立たない。
より絞り込まれた強いカードを集める必要がある。
このプロセスを皮膚科に応用するとどうなるだろうか。
皮膚科に応用する診断推論
皮膚科の鑑別診断カード作成の軸は2つある。
「原発疹」と「皮疹の分布」である。
2000~3000種類あるという皮膚病をこの2つの軸でカテゴリー分けしていく。
1. 原発疹の軸
教科書には最初に「皮疹を正確な用語で表現しなければならない」と書かれている。
その目標は「皮疹をみていない相手に正確な絵を描かせられるくらい」と。
でもこれにはあまり意味がないと思う。
どれだけ正確に相手に伝えられても、診断ができるようにはならない。
皮疹の正確な表現は他人に伝えるためではなく、皮疹をカテゴリー分類するために存在している。
例えば皮疹を膿疱と認識できたら、膿疱を伴う疾患カテゴリーの鑑別を行う。
膿疱を伴う疾患
細菌感染症(細菌性毛包炎)、真菌感染症(カンジダ症)、ウイルス感染症(ヘルペス水疱が膿疱化)、掌蹠膿疱症、急性汎発性発疹性膿疱症、好酸球性膿疱性毛包炎、角層下膿疱症、IgA天疱瘡、膿疱性乾癬、膿疱性血管炎
このように皮疹の種類別に鑑別診断リストを作成し、診断を絞っていくのが皮膚科診断法の一つである。
皮疹(膨大な鑑別疾患)
↓
膿疱(絞り込まれた鑑別疾患)
▼皮疹のカテゴリー分けの詳細はこちら▼
しかしこれではまだ疾患の種類が多すぎる。
そこで別の軸から、さらにリストを絞っていく。
2. 分布の軸
もう一つの軸は皮疹の分布・配列である。
皮膚疾患の中には特徴的な分布を示すものが存在する。
例えば掌蹠(手のひら、足の裏)だけに皮疹が限局している場合、以下のような疾患が挙げられる。
皮疹が掌蹠に限局する疾患
接触皮膚炎、掌蹠膿疱症、掌蹠角化症、梅毒、毛孔性紅色粃糠疹、尋常性乾癬(掌蹠限局型)、好酸球性毛包炎(掌蹠限局型)、扁平苔癬(掌蹠限局型)
これでもやはり疾患の種類が多い。
そこで先ほどの原発疹の軸と併せてみる。
「掌蹠に限局した膿疱」であれば鑑別はかなり絞られる。
掌蹠に限局した膿疱
掌蹠膿疱症、好酸球性膿疱性毛包炎(掌蹠限局型)
このように2つの軸を基準にして鑑別診断リストを作成する。
皮膚疾患はとても種類が多いので多彩な切り口が存在する。
例えば配列に注目した「線状に並ぶ皮膚疾患」。
線状に並ぶ疾患
線状皮膚炎、リンパ管炎、静脈血栓、モンドール病、線状苔癬、線状扁平苔癬、列序性表皮母斑、母斑性限局性被角血管腫、色素失調症
他には分布に注目した「臍に限局した病変をつくる疾患」。
臍に病変をつくる疾患
接触皮膚炎、臍炎、尿膜管遺残、子宮内膜症、臍石、腫瘍(良性、悪性、転移性)
このように色々な切り口を学んでカードを増やし、デッキを強化するのが皮膚科診断の勉強法である。
- 眼瞼の腫脹をきたす疾患
- 顔面に紅斑を生じる疾患
- 口唇にびらんをきたす疾患
- 関節部に結節を生じる疾患
- 下腿に潰瘍を生じる疾患
診断推論のエラーとは
診断を間違ってしまうのはどういう場合だろうか。
「誰も教えてくれなかった診断学」によると診断推論の過程でエラーが生じる原因は3つある。
- カードを持っていない
- カードが大きすぎる(弱いカード)
- 間違えたカードを引く
①は鑑別診断自体がまったく浮かばないケース。
②は鑑別診断の数が多すぎて収集がつかないケース。
①、②は強いカードを集めていくことで解決できる。
その他には③にも注意しないといけない。
具体的には「失神」と「意識障害」を間違ってしまうようなミスである。
違うカードを引いてしまうと鑑別の方向性が大きく変わる。
皮膚科では紅斑と紫斑を間違ってしまうようなもの。
カードを増やすだけでなく、正しいカードを引く訓練(個疹を正しく認識する訓練)もしないといけない。
まとめ
自分の皮膚科診断のイメージをまとめると、以下のような感じである。
皮膚疾患は種類が多いので、場当たり的に直観診断をしていると見逃しが多くなるし、難しい病気を診断することができない。
これには熟練が必要なので、今回の話は「誰にでも簡単に診断ができるようになる方法」ではない。
よって「中級者のための」皮疹のみかたとした。
ただ本格的に勉強したい人には参考になる考え方だと思う。
そしてカードを引いた後は、鑑別の優先順位を決め、検査などで診断をつけるステップへ移る。
カードを引いた後のアプローチについては後編の記事で解説する。
つづく
>>中級者のための皮疹のみかた②(近日公開予定)
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