ときどき「イキリ研修医」、「イキリ若手医師」という言葉を聞く。
しかし仕事にある程度慣れてきたころ、過度に調子にのってしまうのは誰しも身に覚えがあるだろう。
これはダニング=クルーガー効果と呼ばれていて、医療現場に限った話ではない。
今回はイキリ医師について。
ダニング=クルーガー効果
ダニング=クルーガー効果とは「能力が低い人ほど、自分の能力を高く見積もる」という現象。
経験が浅い人は物事がどれだけ困難なのかを評価できないので、自信満々でいられるのである。
自分もかつてダニング=クルーガー効果を実感したことがある。
大学の関連病院へ出向し、初めて自分の外来を持った時のこと。
開業医の見逃し症例や、誤診症例に出会うことも多かった。
- 開業医はなんて無能な奴らなんだろう
- ダメ開業医の尻ぬぐいばかりやらされている
こんな気持ちで診療を行っていた自分は、まさにイキリ若手医師であった。
しかし自分の能力なんて、たかが知れている。
それを自覚できたのは、もうしばらく後のことだった。
後医は名医
「後医は名医」という言葉がある。
後で診察した医師は、病歴が蓄積されていて、症状もはっきり出ていることが多いので診断をつけやすい。
つまり患者を最初に診た医師(前医)よりも、後から診た医師(後医)の方が必然的に名医に見えてしまうのである。
「こんな明らかな症状を見逃すなんて無能だな」と思った症例も、実は初期の段階で診断することは難しい。
これは自分の多くの前医を経験してみて初めて分かったことである。
たとえば「皮膚のトラブル解決法」にこんな記載がある。
単純ヘルペスは病初期に診察すると、湿疹や「とびひ」などと酷似している。
正直言って、まったく区別がつかない。
しかし単純ヘルペスは急性の経過をたどる。
前日は「とびひ」と診断しても翌日は研修医でも診断できる立派な単純ヘルペスになる可能性があるのだ。
皮膚科の診療にはこのようなトラップが数多く存在している。
自分もいつヘルペスを湿疹と誤診する前医になるかわからない。
後医になった場合も調子に乗らず、「運が良かっただけ」と謙虚でいなければならない。
後医は名医の罠
また運良く後医になれたときも、思わぬ落とし穴に注意しなければならない。
自分が後医になったとき、患者から過度に感謝をされることがある。
「今までかかっていた医者は酷かった。先生に出会えてよかった」、と。
しかしここで「オレは患者の心をつかむのがうまい」と自惚れてしまうと、とんでもないしっぺ返しを食らうことになる。
精神科医・春日武彦先生によると、クレーマー(境界型パーソナリティ障害)との出会いはこんなパターンが多いのだという。
彼らは、相手をベタ褒めしたり、「こんなに素敵な人と出会えて幸せ!」といった調子でやたらと持ち上げる。
そんなナルシシズムをくすぐる発言で医師は調子に乗り、患者に入れ込んでしまう。
相手を味方とみなすとすり寄ってくる。相手をベタ褒めしたり、「こんなに素敵な人と出会えて幸せ!」といった調子でやたらと持ち上げる。
ところが患者からの要求は徐々にエスカレートしていく。
そして何かの拍子に意に沿わないことが起きると、手のひらを返したように態度を変えるのである。
何かの拍子に意に沿わないことが起きると、手のひらを返したように態度が変わる。今度は相手を敵とみなして、悪口を言いはじめたり仕返しをしてきたり。
過度に感謝をされたとしても自惚れずに、相手との距離をとり淡々と診療を続けることが重要である。
相手との距離をとることが重要。くっつきすぎると過剰に期待され、その期待に応えきれないと逆恨みされたり見捨てられたと吹聴される。
まとめ
最近、若手の医師にイキられることがあった。
昔を思い出して懐かしい気持ちになると同時に、少しイラっとしてしまったのは自分が未熟な証拠。
「無能でごめんなさい。先生のお陰で助かりました。」なんて笑顔で言えるようになりたいものである。
先輩の開業医の先生方を見ると、そんな老獪さを身につけられているようだ。
「わたしではわかりません。おねがいします。」と馬鹿のフリをして書かれた紹介状を読むたびに感心させられる。
未熟でイキった医師のプライドをくすぐる上手い紹介状である。
本当はどちらが上に立っているのか。
それが理解できるようになっただけでも自分が成長したと言えるのかもしれない。
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