前回のつづき
前回解説したのは診断推論の最初のプロセス。
患者の訴えから適切な鑑別診断のリストを選択することを「カードを引く」と例えた。
今回はカードを引いた後の診断プロセスについて解説する。
リストの疾患の順位付け
頻度の軸と重大度の軸
カードを引いた後はそれぞれの疾患を鑑別していくプロセスに移る。
しかし網羅的に調べていくのは大変なので、鑑別診断に優先順位をつけておくことが重要である。
そのための軸になるのは「頻度」と「重大度」。
重大度とは疾患の緊急性や不可逆性。つまり見逃してはいけない疾患である。
2つの軸から疾患を分類すると以下のようになる。
例えば胸痛だと以下の通り。
当然重要なのは①(頻度も重大度も高い)のカテゴリーである。
しかし臨床では①のカテゴリーの疾患は多くない。
実際に重要になるのは②(頻度は高いが重大度は低い)と③(頻度は低いが重大度は高い)のカテゴリーになる。
現場では①の次にまず②の疾患を考える。
③は頻度が低いので常に検査を行うのはコスパは悪いが、念頭には置いてリストには挙げておく。
④のカテゴリーは最初は考えず、②、③が除外されたときに鑑別に挙げる。
鑑別の優先順位
①→②→③→④
このように優先順位をつけて鑑別していくと効率が良い。
これを皮膚科に応用するとどうなるだろうか。
皮膚疾患の頻度・重大度
水疱ができる疾患を例にして考えてみると以下のようになる。
皮膚疾患は命に関わるような疾患は少ないが、見逃すと進行する感染症は重大度が高いと思われる。
湿疹病変は見逃してもリカバーは効くので優先順位は②。
類天疱瘡や多形紅斑(スティーブンスジョンソン)は頻度は低いが念頭には置いておく必要があるので③。
その他たくさんの疾患は④にカテゴライズされ、他の疾患が否定されたときに鑑別に挙げる。
鑑別の優先順位は以下のようになる。
①→②→③→④
(④はまったく知らなくても十分にやっていけるが、これらをどれだけカバーできるかが皮膚科医真の実力だと思っている。)
検査の性能を考える
疾患の確率と診断
最後は臨床症状や検査などで診断をつけるステップに入る。
ところが症状や検査は「陽性であれば疾患Aがあり、陰性であれば疾患Aはない」というall or nothingの二者択一ではない。
疾患を持つ可能性が高いか低いかというレベルでしかわからないことを意識しておく必要がある。
検査を行うことで疾患を持つ可能性が動く。
そして確率が一定の数値になれば治療開始、あるいは除外診断となる。
どれくらいの数値で治療を開始するかは、治療のリスクの大きさで決まる。
抗癌剤治療や手術であれば高い数値(90~100%)が必要である。
しかし外用治療がメインになる皮膚疾患であれば、そこそこの確率(70~80%)で治療開始してもよいだろう。
そのような確率を知るためには、それぞれの検査の「性能」を知っておく必要がある。
性能の高い検査は疾患の可能性を大きく動かすことができる。
一方性能が低い検査では疾患の可能性はほとんど動かない。
実はこのような検査の性能は「尤度比」として数値化することが可能である。
検査の戦闘力「尤度比」とは
尤度比は感度と特異度から計算できる。
- 陽性尤度比=感度/(1-特異度)
- 陰性尤度比=(1-感度)/特異度
検査が陽性のとき確率を右に動かすパワーが陽性尤度比。検査が陰性のとき確率を左に動かすパワーが陰性尤度比である。
ドラゴンボールに例えると、尤度比は検査の戦闘力である。
スカウターで戦闘力がわかれば、検査の性能を正確に知ることができるだろう。
(ドラゴンボール17巻より)
検査の性能を、戦闘力に応じて4段階(エリート戦士~ゴミ)に分類してみる。
陽性尤度比
- 10~:エリート戦士(確定診断的な所見)
- 5~10:中級戦士(可能性をかなり上げる)
- 2~5:下級戦士(可能性を上げる)
- 1~2:ゴミ(可能性を変えない)
陰性尤度比
- ~0.1:エリート戦士(除外診断的な所見)
- 0.1~0.2:中級戦士(可能性をかなり下げる)
- 0.2~0.5:下級戦士(可能性を下げる)
- 0.5~1:ゴミ(可能性を変えない)
D-ダイマー(静脈血栓の診断)を例に挙げると(Ann Intern Med. 140(8): 589, 2004 )
- 陽性尤度比:1.68(1~2:ゴミ=村人)
- 陰性尤度比:0.13(0.1~0.2:中級戦士=ナッパ)
確定診断には使えないが、除外診断には有用な検査ということがわかる。
少しイメージが湧いてきただろうか。
尤度比がわかれば、検査後の疾患の確率をある程度数値として知ることができる。
尤度比 | 検査後確率 |
10 | +45% |
5 | +30% |
2 | +15% |
0.5 | -15% |
0.2 | -30% |
0.1 | -45% |
(J Gen Intern Med. 17(8): 646, 2002)
次に皮膚科の例を挙げて考えてみる。
皮膚科診断の尤度比
皮膚真菌症の診断の場合。
まず視診の尤度比は以下のようになるようだ。
- 陽性尤度比:1.47(1~2=ゴミ)
- 陰性尤度比:0.42(0.2~0.5=下級戦士)
(Fam Pract. 16(6): 611, 1999)
陽性尤度比は「ゴミ」なのでほとんど使い物にならない。陰性尤度比は「下級戦士」なので参考にはなる。
有病率50%時のおおよその検査後確率
- 陽性:50%→55%
- 陰性:50%→25%
視診で皮膚真菌症を確定診断することはできないが、除外診断はできるということである。
次にKOH検査の尤度比は
- 陽性尤度比:17.6(10~=エリート戦士)
- 陰性尤度比:0.13(0.1~0.2=中級戦士)
(Diagn Microbiol Infect Dis. 13(4): 337, 1990)
陽性尤度比も陰性尤度比もなかなかの性能である。
よって確定診断にも除外診断にも使うことができる。
有病率50%時のおおよその検査後確率
- 陽性:50%→95%
- 陰性:50%→10%
しかしすべての患者に検査を行うのは手間がかかる。そのため視診でスクリーニングを行い、皮膚真菌症を疑った場合にKOH検査で確定診断する、というのは理にかなっている。
なかなかクリアカットにできるものでもないが、検査の戦闘力を知っておくことは診断の上で大事なことである。
まとめ
今回は内科診断推論を皮膚科に当てはめて解説してみた。
教科書には「皮膚科の診断はパターン認識である」と書かれているが、場当たり的に直観診断を繰り返していても診断力はつかないと思う。
ある程度体系立てて診断を考えていく必要があるだろう。
こういった観点で皮膚科診断を論じた文献や書籍は、自分が知る限りでは存在しないので、本格的に皮膚科を勉強したい人は参考にしていただければと思う。
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▼皮膚科診断アルゴリズム▼
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